山でバテない身体を作る レベルアップ登山術

バテずに登山を楽しむために

登山者のための食生活

登山中の食事はコンビニで買った、おにぎりやパンが多くなりがち。これらの食材に、登山に役立つ食品を「プラスアルファ」することで体調を整えるレベルアップ登山のノウハウを管理栄養士の安西仁美先生に教えてもらいました。

目次

01 レベルアップ登山に必要な「集中力」は食事で作る

エネルギー源となる食品の基本は糖質を多く含む食品を摂ること。その際、持続力のある食品を選択します。例えば、糖質といっても、ジュースのような甘い飲み物は一時的には集中力が高まりますが持続力がないので、一度に大量に飲むと、かえって疲労を誘い、集中力が欠ける原因となってしまいます。

必要なのは、ごはんやパンのような主食になる食品です。麦ごはんや全粒粉パンなど食物繊維やビタミン・ミネラルを多く含むものにすると更に効果的。また、長時間にわたる登山では、ゆっくりとエネルギーとして使われる脂質を取り入れることもお勧め。ナッツやごまなどの種実類は良質な脂質が豊富で携帯に便利な商品も販売されているので、利用すると良いでしょう。

登山では筋肉疲労の回復を早めるタンパク質をしっかり補給しておくことも集中力を持続するもう1つのポイントになります。おにぎりの具に鮭を入れたり、茹で卵をプラスするなど、日頃の食事でいう「主菜」になるものを必ず摂るようにしましょう。

そして、エネルギー代謝をよりよく回すためのビタミン・ミネラルも多く含むバナナなどで糖質をプラスするのも効果的です。

02 お手本は小川壮太さんの「野菜たっぷり1日3食」

月間走行距離が400~500kmに及ぶ、強度の高いトレーニングを日常にするプロトレイルランナー小川壮太さんにとって、食事は大切な栄養補給であるとともに心身ともにリラックスする大切な時間です。

3食の食事を見てみると、まずは、しっかりと食べていることが分かります。そして、1日を乗り切るスタートの朝食・まだまだトレーニングのある午後をやり切るための昼食・1日の疲れを翌日に残さずしっかりリカバリーできる夕食。見習うべき3食です。

時に登山のきっかけがダイエットという方で、食事を欠食したり、登山をしない時よりも食べる量を控えてしまったりする方を目にしますが、とても危険な行為です。小川さんの食事をお手本に、毎日の食生活を見直してみませんか?

朝食

朝は毎日パンです。ベーコン、ハム、卵料理、サラダにフルーツとヨーグルトに珈琲がいつものパターン。ホテルの朝ごはんみたいですよね。朝は品数多めに食べて1日をスタートさせると、トレーニングも全力でできます(小川壮太)

小川さんの朝食を管理栄養士・安西さんが
チェック!

朝は身体の栄養が枯渇しています。例えば、夕食を19時に食べている人であれば、朝食が6時だとしても10時間以上絶食の時間を過ごしていることになります。

睡眠中は動いていないからエネルギーは使わないと思っている人も少なくないのですが、睡眠中でも、臓器はもちろん動いていますし、疲労した身体を回復するためにたくさんの代謝が行われ、多くのエネルギーを消費しているのです。

「朝、お腹が空いている」というのは代謝が上手く回っているかどうかのバロメーター。小川さんの朝食は、品数を多めにすることで、食事時間をゆっくりリラックスした時間にすることができています。朝食のゆとりは1日の血糖値を安定させるとともに自律神経も整える効果があります。エネルギーの持続だけでなく、メンタル面での持続力もアップします。

昼食

ランチは好きなものを食べます。ごはん、お味噌汁、生姜焼きや焼き鮭などの定食が多いですが、ラーメン、丼物、パスタ、麺類など和洋中を自由に、食べています(小川壮太)

小川さんの昼食を管理栄養士・安西さんが
チェック!

「好きなものを食べる」という表現をされていますが、練習強度や内容にあわせて、十分な栄養補給と午後への安定した集中力を維持する昼食を摂られています。

比較的野菜量が多くないのは、昼食はトレーニングまでの時間も短いことが多いので消化の良いことも必要条件となるためでしょう。消化の良い穀類からの栄養補給が主となっていることは、とても理にかなっています。

おかずから摂取できるタンパク質も、豚肉(この日の肉うどんは豚肉)や鮭など、エネルギー代謝を効率よく回すためのビタミンB1を多く含むものが多いという点も見逃せません。

夕食

夕食は和食が多く、野菜類を多く摂っています。
①親子丼、ほうれん草の胡麻和え、帆立のサラダ、お味噌汁
②チキンカツ、キャベツの千切り、酢の物、ごはん、お味噌汁
③サバ味噌煮、茹でブロッコリー、えのきとニラの卵とじ、ごはん、わかめスープ(小川壮太)

小川さんの夕食を管理栄養士・安西さんが
チェック!

夕食は和食が多いという小川さん。主食のごはんは脂質が少ないので、油を使った料理をあわせても全体のバランスが整いやすく、胃腸に優しいメニューとなるため、疲れた身体でもしっかりと栄養補給ができます。

肉、魚、卵など良質なタンパク質を必ず取り入れており、筋肉や骨などの身体の修復のみならず、緊張の連続で疲労した神経細胞の修復にも、大きく役立っています(この日は親子丼の鶏肉とサラダのホタテでバランスもいいです)。

また、たっぷりの野菜を摂取することで、ビタミン・ミネラル・食物繊維の補給ができるため、疲労回復力、身体組織の修復力を効果がアップ!さらに腸内環境が整うことで、自律神経も安定させてくれます。

小川さんの食事は「プロトレイルランナー」という視点だけでなく、私たち登山者の健康づくりという点から見ても、理想的な「食」を教えてくれています。

03 登山前は「快腸登山」をめざして食事を整えましょう

小川壮太さんが登山の2,3日前から食事の面で気を付けていることは、「繊維質の多い野菜を温野菜にして食べる」「油の多い肉、魚の量を調整する」の2点。目的は胃腸の負担を抑えて登山日には最高の腸内環境にして体調を万全にすること。

腸内環境を整えてくれる3つのポイント

POINT1
不溶性と⽔溶性の食物繊維をバランスよく摂りましょう

不溶性⾷物繊維(ごぼうを始め野菜類や穀類・⾖類に多く含まれる)→便の重量と回数を増やし腸の蠕動運動を活発にする効果が⾼く、不要となったものを体外に早く外に排出してくれる作⽤があります。

⽔溶性⾷物繊維(きのこや海藻のぬめりや果物に多く含まれる)→⽔分保持能⼒が⾼く、⼩腸での消化吸収を遅らせる効果があります。また有害物質を吸着して体外へ運びます。 この2つの食物繊維を、意識して摂取し、お腹の中を常にスッキリさせておくとよいでしょう。

POINT2
腸内の善玉菌を増やす発酵食品を毎日、適量摂りましょう

私たちの⾝体には、もともと善⽟菌の常在菌が存在しているため、⾷物繊維をしっかりとることで常在する善⽟菌を増やすことができます。発酵⾷品からとる善⽟菌は体内に定着するわけではないので、「適量」とることで、善⽟菌を増やしてくれるものと考えましょう。

たとえば納⾖菌は、乳酸菌などの善⽟菌を増やしてくれる働きがあり悪⽟菌を抑制する効果もあるため、腸内環境を整える効果が⾼い⾷品です。納⾖菌が⽣成する栄養素にビタミンK2があり、これは⾻の⽣成に⼤きく関与するとともに動脈硬化や⼼臓病を予防するタンパク質を活性化する働きもあります。

また和⾷の基本となる調味料「味噌」は⼤⾖が原料の発酵調味料。味噌に含まれる乳酸菌は 腸内環境を整えるとともに、タンパク質源にもなり、強い体づくりに役⽴っています。乳酸菌他、タンパク質やカルシウムも豊富なヨーグルトも、適量とることで毎⽇の健康づくりに役⽴ちます。

POINT3
代謝が良くなるようによく噛んで食べましょう

咀嚼することで唾液や胃液の分泌が促進され体外からの細菌を殺菌する作⽤が⾼まります。胃腸の蠕動運動が活発になり、消化吸収も促進されます。また、⼝を動かす動作や腸の動きが活発になることは脳への様々な指令も促進されるため⾃律神経を整え、質の良い睡眠にもつながります。

「噛む」ことは、固形の物を身体の栄養として取り込むためにとても重要な動作です。

唾液に含まれる酵素には殺菌作用があり、口に入れたものを身体の中に取り込む前に解毒してくれます。また、仮に食べ物以外の異物が入っていたら口腔感覚で外に排出する危機管理感覚も備わっています。丸呑みしていたら決して行うことのできない重要な行為なのです。

また、よく噛むことで唾液と食べ物が混ざり消化が良くなるだけでなく、胃腸の蠕動運動や胃液や酵素の分泌など、消化吸収するための準備が十分が整った消化器へと食べた物が送り込まれることになるため、栄養素の吸収率がぐんとアップします。

そして、「噛む」という刺激は脳への指令を出し、ホルモンや自律神経の働きを整えることにもつながります。そのため、血糖値の安定や体温調節、心身ストレスへの耐性アップにも効果を発揮します。

このように、同じメニューを食べていても「噛む」と「噛まない」とでは身体に及ぼす効果が大きく異なるのです。

04 登山当日、コンビニ食+αで集中力キープ!

安西先生のコメント

⼭頂でのおいしい⾷事は、爽快感を味わう最⾼の時間であり、下⼭時の体⼒と気⼒維持のための⼤切なエネルギーチャージとなります。まず、エネルギー補給となる⾷品摂取は必須。ただし、偏った⾷べ⽅をすると、⾎糖値の上昇が急激になり、眠気に誘われることで集中⼒が切れ、思わぬ怪我につながることがあります。

ごはん、パン、麺といった糖質からのエネルギー補給に加えて、タンパク質や脂質、ビタミン、ミネラル、⾷物繊維といった栄養素も摂れる⾷品選択をする必要があります。⼀度に⾷べずに、途中で適宜補給しながら⾷べるのも効果的。

ファスナー付きのビニール袋など出し⼊れしやすい袋や容器を携帯しておくと何かと便利です。コンビニエンスストアで購⼊する場合には、主⾷グループ、タンパク質グループ、ビタミン&ミネラル&脂質グループを意識し、適宜、組み合わせて購⼊すると良いでしょう。

登山中のランチ 組み合わせ例

おにぎりが主⾷の時は脂質が少なめ、ミックスナッツプラスで脂質と⾷物繊維が加わると⾎糖値が緩やかに上昇します。コンビニのおにぎりは具が少なめのものが多いので、⿂⾁ソーセージや茹で卵をプラス、バナナなどのフルーツを加えると脚がつるなどの症状が予防できます。

パンは全粒粉やライ⻨⼊りのパンがあれば、⽐較的⾎糖値を緩やかに上昇させてくれるのでお勧めです。また、タンパク質の多い茹で卵などをプラス。⽢栗や⼲し芋をプラスすると⾷物繊維もパンだけでは⾜りないエネルギーも補給できます。また、ビタミン豊富で疲労回復効果の⾼いみかんなどのフルーツを加えるとさらに良いでしょう。フレッシュフルーツがなければレーズンやプルーン、マンゴーなどのドライフルーツにするのも持ち運びの軽さ・利便性からもお勧めです。

カップラーメンは脂質が⾼めの⾷品なので、茹で卵プラスでタンパク質補給。⼲し芋とりんごで⾷物繊維、ビタミン類が補給できます。 主食+タンパク質+ビタミン&食物繊維&脂質を組み合わせてレベルアップ登山の強い味方にしましょう!

登山者にはなぜ、「必ず」糖質が必要なのか?

小川壮太さんは、登山での食事術についてこう話しています。 「登山は運動時間が長いスポーツ。マラソンではカーボローディングが有名ですが、自分に蓄えられる炭水化物量(糖質)には限界があるため、半日を超えるような長時間の運動にはあまり効果がありません。日頃からバランスの良い食事を心がけることが重要です。また敬遠されがちな脂肪分も健康的な食事にはバランスよく含まれており、エネルギー源としては非常に優れています」

安西先生のコメント

「登山時には、主に糖質と脂質が大切なエネルギー源となります。どのような身体活動に、何のエネルギー源が主に使われているかという役割分担を理解しておくことも必要でしょう。脳や赤血球へのエネルギー補給には糖質しか利用できず、脂質は主に筋肉へのエネルギー補給として利用されると覚えておきましょう。

糖質は身体の中には少量しか蓄えることができません。しかし、険しい山道を歩く適切な判断力や、酸素の薄くなる高地への適応には、脳と赤血球へのエネルギー補給が必須であるため、常に不足なく糖質を補給する必要があります。

脂質がエネルギー源として上手く利用できると、糖質が脳に適切に利用され、後半の体力が消耗している時の集中力維持にとても役立ちます。

糖質は常に一定量必要で、脂質はそれをサポートしてくれるのです。お財布に入るエネルギーが糖質、脂質が口座預金のようなイメージです。ここで、敢えてお財布としたのは、糖質は一度に詰め込みすぎると溢れて使いにくくなってしまうこともあるからです。過不足なく、こまめな補充をすることがポイントとなります。

登山時は食事はしっかり摂りたいところですが、山のレベルや状況によりゆっくり食事ができない時もあるので、持ち運びしやすいサプリメントを携帯して糖質、脂質が枯渇しないように補っておくともしもの時に安心です。

05 下山後の食事で疲労回復!!

登山で消費したエネルギーを、下山後に補っていきましょう。1日山を歩いてそのまま寝てしまっては疲労は蓄積したまま。しっかり食べて翌日に疲れを持ち越さないようにしましょう。

疲労回復のための食事・5つのポイント

1 冷たいものだけでなく温かいものを食べる
2 豚肉、うなぎなど、疲労回復のためのタンパク質を選ぶ
3 クエン酸が含まれているお酢、レモンを積極的に摂る
4 ビタミン、ミネラルたっぷりのお味噌汁もしっかり摂る
5 よく噛んで食べる!

「登山の後、疲れた身体にビールとおつまみ…」は楽しみのひとつですが、食事もきちんと食べて、速やかな疲労を回復を図りましょう。

ビールは一時的に喉の渇きを癒してくれますが、実際には利尿作用が高く、飲み過ぎは脱水に繋がります。アルコールは適量にして、おかずだけでなくご飯などの主食も必ず食べましょう。

また、夏場は冷たいものだけで食事を済ませたくなります。しかし冷たい料理ばかりでは内臓が冷え、消化吸収力が落ち、疲労が抜けにくくなります。

そこで、温かいお味噌汁や、しゃぶしゃぶなどの鍋ものをあえてお勧めします。夏の時期であれば旬のレタスと豚肉でしゃぶしゃぶにしてみたり、なすやズッキーニ、かぼちゃ、ミニトマトなど夏野菜を加えたスープなども元気が出ます。夏野菜は体を冷やすと言いますが、温かい料理にして食べることで、胃腸が活発に働かせながらも、体にこもった熱を逃してくれます。薬味にショウガやニンニク、ミョウガ、ネギ、ゴマなどを加えると食欲も消化吸収力もアップします。

また、レモンは焼いたお肉やサラダに絞るなど、色々な料理の仕上げに使うことで栄養の吸収率と美味しさをアップしてくれます。

そして、栄養素のことばかり気にせず、ゆったりした気持ちで楽しく、良く噛んで食事をすることも大切。長時間に渡る緊張で高ぶった交感神経を、副交感神経優位にして、リラックスさせることが大切です。リラックスできることで、消化酵素の出方やホルモンの分泌まで変わってくるのです。

06 サプリメントを適切に取り入れる方法も覚えよう

管理栄養士・安西さんのサプリメントの使い方

安西先生のコメント

皆さんは、サプリメントの注意書きを読んだことがありますか?必ず「食生活は、主食、主菜、副菜を基本に、食事のバランスを」と記載してあります。土台となる食生活ができていてこそ、使用するサプリメントの機能も期待できるということです。

サプリメントは衛生的に取り扱いやすいこと、携帯しやすいことも大きなメリット。夏場の暑い季節や屋外などで速やかに栄養補給できる商品や、寒さの中でも手軽に取り出せる商品などもあるのでとても便利です。

特に登山では、こまめな栄養補給が必要となりますが、天候の急変や落ち着いて座って食事ができない場面なども想定すると、サプリメントを準備しておくと安心です。長時間に渡る登山で、エネルギーを効率良く使えるような商品もあるので、主軸の食事をベースに適宜利用すると良いでしょう。

教えてくれた人:
管理栄養士 安西仁美さん

食アスリートシニアインストラクター健康食育シニアマイスター、健康運動指導士
実践女子大学卒業後、東京消防庁や目黒区で管理栄養士として活動し2019年よりフリー。現在はマラソンランナー神野大地選手の食サポートを担当しながら、高校ラグビー部のチームサポートなどを担当している。

回答:安西仁美(管理栄養士)
取材・文:市村まや
カメラ:小野口健太
協力:日本新薬株式会社

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