西エリア 推奨コース

三方分山~パノラマ台
アスレチック尾根道の先に待つ、残照の子抱富士

西エリア

富士山の東西南北に選定された「富嶽三十六景ハイキング」の富士見スポットを目指して、眺める喜びを追い求めるトレイルを歩く――。バッジを獲得できる二座を踏む魅惑の“周回コース”を、低山トラベラー大内征が案内する特別企画。

第二回目は、富嶽の西エリア。
精進湖畔を起点に、戦国大名が挑んだ難所・阿難坂を越えて、三方へと尾根を広げる三方分山、文字通りパノラミックな絶景広がるパノラマ台を目指します。

コース(富士急バスの停留所を起点に周回するコース)

精進湖畔バス停→阿難坂(女坂峠)→三方分山(1422m)→パノラマ台(1325m)→精進湖畔バス停
※精進湖畔バス停へのアクセス
富士急行線河口湖駅・富士山駅より富士急バス(子抱き富士ビューポイント・ふじみ荘前で降車徒歩1分)
バスタ新宿(新宿駅新南口)より高速バス

信玄・家康と所縁深い難所を越えて

朝陽を浴びる山と、夕陽を受ける山だったら、どっちが好き?

んー、なかなか難しい質問だなーと、山仲間たちが口をそろえる。ぼくは迷うことなく「夕陽だなー」と返した。中でも“残照”が最高に好きだったりすることも付け加えて。

山といえば早朝というイメージがあるけど、大内さんは朝が苦手そうですもんねーと、これまたみんなが口をそろえて笑う。まあ、たしかに……。早起きする必要がない日なら、いつまでだって寝ていたいタイプではある。山に行くときはこの限りではないけれど。

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精進湖の他手合浜で深く息を吸う。青葉の匂いが混じるおいしい空気に、さっそく身体が喜ぶ。雲がなければ見えるはずの“子抱き富士”の姿が正面にあるはずだが、この日は“子”だけが姿を見せていた。富士山に抱きかかえられた“子ども”に例えられる大室山は、青木ヶ原がそのまま盛り上がったなだらかな丘のような山容をしていて、なんだかとてもかわいらしい。しかし標高は1468m、深く険しい樹海の中の山でもある。

その“子抱き富士”が夕陽を浴びる姿をパノラマ台から眺めようと、山仲間と湖畔で集合したのはちょうどお昼のころ。微妙な天気だけど、今は見えていなくても大丈夫。夕陽に赤く染まる富士の出現までは、まだまだ時間があるのだ。数時間後に雲がとれていればいい――と、淡い期待を込めて、湖畔からゆるりと出発する。

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諏訪神社の境内に「精進の大杉」を詣でて無事の山旅を祈り、中道往還から山に入ることにした。この道の歴史は古い。甲斐と駿河を結ぶ3つの主要な道(往還)のひとつで、河口湖の西岸を通る若彦路と、富士川に沿う駿州往還の中間にあることから「中道」といった。甲斐の武田はもとより、甲州に侵攻した駿河の今川や徳川がここを越えたという軍用道としての側面と、駿河の海の資源が海のない甲斐に運ばれた“塩の道”としての側面、そして旅人を苦しめた峠道という側面がある。特にここの峠は「阿難坂」と呼ばれ、その字面には“難所”であることが示されている。

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高い場所はまだ新緑の葉が揃っておらず、ブナの木々の隙間からは目指す三方分山の山容が見える。陽光がこぼれ落ちてくる極めて明るい道で、九十九折れの急坂も楽しげな気分になるから不思議なものだ。

登り続けること一時間ほどすると、その阿難峠に着く。古来、峠は坂と同義であり、ここは別称を「女坂」とも言った。音が近いからそう名付けられたのだろうかと想像する一方で、山において「女坂」とは急で荒い「男坂」に対極するなだらかな道を意味することが多いから、この急登ではその意味は当てはまりそうにない。しかし、回答は阿難峠の案内板にある。ぜひそれを確かめに訪れてもらいたい。

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さて、ここから尾根道を伝い歩き、さらなる急登を越えて、三方分山の頂を目指す。ブナにカラマツが混じり、そこにツツジが彩を添える魅惑のトレイルのはじまりだ。いささか骨を折る場所が出てくるものの、山頂を踏むには一時間もかからないだろう。晴れてさえいれば、ときおり富士山が励ましてくれるし、北にも展望がわずかながらひらける。こうした隙間からの景観にいちいち感動して喜ぶぼくに、息を切らせてついてきていた山仲間がつられて破顔する。苦しい中にもわずかな喜びを見出すのが登山の醍醐味なんだよねと、うそぶいてみせる。

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三方分山は、三方向に尾根を伸ばして三つの村の境となっていることからその名が付いたそうだ。いわば“三国山”と似たような由来といえる。山頂は樹林に覆われているものの、南に向いた一角には展望がある。1422mという標高に相応しく、その展望はとても大きい。まだ雲に身を隠している富士山だったが、裾野の広さがうっすらと見えていて、それだけでまた感動するほど。みなで腰を下ろし、遅めの昼食を摂って、ここから続くアスレチックな尾根道に備えた。

三方分山からパノラマ台へ、アスレチックなブナの道

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三方分山から南下する道は、とにかく全身をくまなく動かして、楽しみながら歩きたい道だ。下りは急だから、節々をよく動かして対応しよう。ブナの巨木は目の保養になり、そよぐ風に擦れる枝葉の音は耳に心地よい。木と土の香りが絶えず鼻に届く。五感が大いに刺激されて、自然を感じる身心がフル稼働している。ここに来たのなら寸暇を惜しんで自然を感じまくってから都会に帰りなさい、とでも言われているような気になる。それほど起伏に富み表情も豊かな、刺激的な道なのだ。

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道すがら、美しいブナの森や展望のよい岩場がいくつか現れて気分もよい。特に展望スポットは木に括られたテープが目印になっているが、うっかり見落としてしまいそうになるから注意が必要。しかし、それと気がついたハイカーへのご褒美としては、こんな絶景が用意されている。

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眼下に精進湖、その先に青木ヶ原、そして子抱富士という最高の構図。まだ富士山は雲隠れしたままだが、もうあまり気にしなくなっていた。なにせ絶景の構成要素は富士山だけじゃないのだから。タイナミックに広がる視界には、青い空、白い雲、緑の深い樹海、緑が鮮やかな樹木、青き水を湛える湖、煌めく太陽、気持ちよくそよぐ風、さえずる野鳥たち、そしてまわりを囲む山々の稜線……。これらすべてが、いっぺんにぼくの中に入ってくる。それはもう最高である。

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精進山、精進峠、根子峠を経て、千円札の逆さ富士の撮影ポイントでもある中之倉への分岐まで来ると、樹林のアーチの先がパノラマ台だ。到着するやいなや、それまでの樹林道から一気にひらける視界にまず驚き、そして正面に巨大な富士が聳えていてまた驚く。雲をまとったまま、なかなか姿を見せてくれない富士山。しかしそれでもこの開放感は最高である。

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あまりの展望の広さに、富士山が見えずとも満足度はとても高い。ここから東側には、富士山北部に位置する御坂山地が巨大な体躯を堂々と横たえている。あっちは王岳から鬼ヶ岳を歩く健脚向けのコースが素晴らしい。その道の話はまたの機会にとっておくとして、今度は西側に目を向けてみよう。そこには富士五湖でいちばん深い本栖湖が神秘の様相で水を湛えている。湖畔にでーんと聳えるのは竜ヶ岳。あそこも富士山の展望は群を抜いて素晴らしい。

さすがは“パノラマ”台だ。いまこの雄大な景色を前にするのは、今ぼくら以外には誰もいない。そんなパノラマ風景の独占状態に、みなテンションが高い。ぼくも周辺山岳の大展望を指さし確認しながら、しばし感動にひたった。

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するとどうだろう。雲がすーっと流れゆき、奇跡的に富士山が姿を現してくれた。大喜びだったのは言うまでもないが、ひとは本当に感動すると言葉もなくなるようだ。全員が静かにこの自然の演出を見つめている。完全に雲がとれるとまではいかなかったけれど、ずっと雲隠れしていたことを思えば十分な光景だろう。気がつけばもう陽が沈む時間が近くなっている。ヘッドライトを準備して、後ろ髪をひかれながら下山をはじめるのだった。

最後のご褒美は、湖畔から望む「残照」の富嶽

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精進湖の畔に戻ってくると、すっかり雲がとれていて、富士山も大室山もその姿をはっきりと見せてくれていた。すでに陽は落ち、富士山頂の残雪部分には赤い「残照」が照り映えている。「まさにこれが見たくて集まったんだよねー」と、隣で仲間がつぶやいた。そうそう、そうなのだ。登り始めのころは富士山の雲隠れにどうなることかと思ったけれど、最後の最後に待っていたこのご褒美に感謝をした。

この奇跡の演出に感動したのは、山から下りてきたぼくらだけではなかったようだ。湖畔に立ちすくむドライバーたちも、きっと同じような気持ちだったのだろう。車から降りてすぐ、みな富嶽に向けて手を合わせていたのだから。

著者プロフィール

大内征(おおうち・せい) 低山トラベラー/山旅文筆家

土地の歴史や物語を辿って各地の低山を歩き、自然の営み・人の営みに触れながら日本のローカルの面白さを探究。その魅力とともに、ピークハントだけではない“知的好奇心をくすぐる山旅”の楽しみについて、文筆と写真と小話とで伝えている。

NHKラジオ深夜便「旅の達人~低い山を目指せ!」レギュラー出演中。著書に『低山トラベル』、『とっておき!低山トラベル』(ともに二見書房)、新刊に『低山手帖』(日東書院本社)など。NPO法人日本トレッキング協会理事。

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