北エリア 推奨コース

王岳~鬼ヶ岳
最上級の眺めが途切れない、キング・オブ・富士見トレイル

北エリア

富士山の東西南北に選定された「富嶽三十六景ハイキング」の富士見スポットを目指して、眺める喜びを追い求めるトレイルを歩く――。バッジを獲得できる二座を踏む魅惑の“周回コース”を、低山トラベラー大内征が案内する特別企画。

第四回目は、富嶽の北エリア。
この上ない絶景が続く“王”の山と“鬼”の山とを結ぶ道には、ここを歩く者だけに許される最高の富嶽が待っている――富嶽三十六景の中でも特に素晴らしい眺めを「キング・オブ・富士見トレイル」で楽しみます。

コース(富士急バスの停留所を起点に周回するコース)

西湖いやしの里根場バス停→王岳→鍵掛峠→鬼ヶ岳→雪頭ヶ岳→西湖いやしの里根場バス停
【参考コースタイム:7時間】】
※西湖いやしの里根場バス停へのアクセス
富士急行線河口湖駅より富士急・西湖周遊バス / バスタ新宿(新宿駅新南口)より高速バス(根場民宿で降車徒歩8分)

西湖の畔から“王の山”の頂へ

賑やかな野鳥の鳴き声に目を覚ました。
湖畔に張ったテントから顔を出すと、すぐ目の前に広がる水面を釣り船が次々と離岸している。やや白んだ空の下、まだ寝静まっている早朝の西湖に釣り人たちの声が小さく響く。風も雲もないおだやかな一日のはじまりに、日暮れまで晴れ続くことを期待せずにはいられない。日の出の時刻を迎えるも湖面に陽射しはまだ届かず、山々だけが照らされていた。目を覚まして表に出てきたキャンパーは、まだほんのわずかしかいない。

今日は、富嶽の北に位置する王岳から鬼ヶ岳へと歩く。西湖・河口湖の北側を構成する御坂山地の2座で、王岳は標高1623m、鬼ヶ岳は1738mとミドル級の山である。この“王”と“鬼”を結ぶやや長めの山稜に、「富嶽三十六景ハイキング」の中でも屈指の絶景スポットが点在している。YAMAPによるコースタイムは7時間と少々。休憩などを考慮すれば、ゆとりをもって8時間強といったところだ。

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すっかり夜が明けた西湖の畔を発ち、根場いやしの里へと向かう。広々とした駐車場の先にある登山口の正面には、目指す王岳がまさに“王者の風格”で堂々と聳えていた。はじめのうちは林道で、舗装された坂道がまじり、次第に山道となる。なかなかの急登っぷりに山仲間たちの口数は少ない。

「名前の由来が気になってずいぶん調べてみたんだけど、よくわからないんだよねー」と、山名の話題を仕向けると、そういう話を待っていましたとばかりに、推察合戦がはじまった。王たる風格を持つ山だから王岳なんだとか、御岳(おんたけ)が転訛したのだとか、元は“大きな岳”で大岳だったのだとか。時おり思わぬ異説も飛び出して、山中に笑いがこだまする。そんな会話をしながら、胸突き八丁の苦境に立ち向かった。

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あちこちの山を旅していると、転訛つまり言葉が訛って山名になったという例をしばしば見かける。この場合は“音”が重要となり、漢字は後からあてられるケースが多い。本来の由来を体現する漢字をあてている山もあれば、現代風にあて直される場合もあって、実にさまざまだ。地名や町名にもそういうケースが多々ある。言葉遊びのようだが、土地の記憶や文脈をひも解くよい発想、トレーニングになって面白い。

しばらく続く急登に辟易してくるころ、木々の間に富士山が現れた。長く末広がる裾野の先は青木ヶ原で、大室山はまるで“樹海”に浮かぶ小島のよう。南アルプスの高い稜線も、枝葉の隙間からよく見える。こういう、小さくも心躍る展望に励まされながら、王岳の山頂に一歩一歩近づいていった。

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日ごろ町なかから“仰ぎ見る”富士山は、ぼくらにとってスタンダードなアングルだと言える。しかし1623mの王岳山頂から“見下ろす”富嶽の全体像は、西湖と青木ヶ原を従えて実にプリミティブでダイナミック。末広がり具合もハンパないし、樹海の広大さには目を瞠るばかりだ。雲の感じもすごくいい。

町に暮らすぼくらにとってみれば、富士山周辺の山々の上から眺める富嶽の姿は立体的で新鮮そのもの。これだから「富士山は登る山ではなく見る山だ」と、多くのハイカーが口々にするのだろう。方角や山の位置によっても見え方が違うし、季節や時間帯、天候によっても印象が異なる。何度でも飽きることなく楽しめるのが、富士見ハイクの良さだろう。

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王岳山頂の北側は木陰になっているので、暑い陽射しを避けるにはちょうどいい。甲府市側から吹き上げてくる風は木々を縫って身心に届き、うっかり過ごして根が生えてしまうほどに心地よい。それにしても、今日の富士山は圧倒的な存在感を放っている。いささか小腹が空いたので、最近よく山に持っていくうすしおのポテトチップスを頬張った。うまい。さあ、鍵掛峠・鬼ヶ岳を目指すとしよう。

痩せ尾根、岩尾根、富士見尾根。とにかく絶景の尾根道を征く

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王岳を後にして鬼ヶ岳に向かう稜線は、痩せた尾根道、岩の尾根道の連続となる。剥き出しの岩を伝うスリルと起伏のあるアスレチックトレイルには絶景スポットが多く存在し、富士山だけではなく南アルプスや周囲の山々の素晴らしい眺めが至極である。富嶽三十六景ハイキングの中でも最高クラスの景観ばかりだと、ぼくは思う。

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王岳と鬼ヶ岳とを結ぶ山稜のちょうど中間あたりに「鍵掛(かぎかけ)」という名のピークと峠がある。“王”と“鬼”の間に掛けられた鍵……あれこれ逞しく想像しながら歩いているとき、ふと山でたまに見かける「願掛け」のことを思い出した。

何かというと、V字に分かれたような小枝を投げて、高木の枝に引っ掛かるかどうかを試すのだ。引っ掛かれば旅は無事に続けられるという、東北や四国あたりで見かけるこの占いを「鉤かけ」とか「カンカケ」という。ここ鍵掛峠は麓から上がってくる急な坂道だし、尾根伝いに歩く人にとっても険しい起伏が待ち構えている難所である。古の旅人たちが無事の山旅を祈り、ここで「カンカケ占い」をしたのではないかとは想像できないものか。鍵掛の由来は、ひょっとするとこれかもしれない。

神社の鳥居や巨石の上に小石を投げて載せたり、山道の端に石を積んでケルンを作るのも、これと似た行為だといえる。いずれも旅の安全を祈り、旅の成果を願うための儀式みたいなものなのだ。

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しかし、この道は本当にスケールの大きな絶景スポットが続く。富士山は常にハイカーに寄り添っていてくれるし、眼下には谷と山並みがどこまでも広がり、湖と樹海とともに人間の限りある視界を埋め尽くす。第一級の展望にノックアウトされっぱなしだ。

まさに絶景“鬼”のごとし、鬼ヶ岳と雪頭ヶ岳

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王岳から鍵掛峠を経て、いよいよ鬼ヶ岳が眼前に迫ってきた。ここまで歩いてくる中で、すでに絶叫するほどの富士見スポットがたくさんあった。もうお腹いっぱい!というほど、最高の眺めを全身で浴びているはずなのだが、それらすべてを上回るさらなる絶佳が、このあとに控えている。

鬼ヶ岳の名は、山頂にある鬼の角のような巨岩に由来するそうだ。確かに天を衝くような岩がシンボリックで、そこに立つ者に360度の壮大な眺めを楽しませてくれる。富士山はもちろん、ここまで歩いてきた山々の連なりが西側に広がり、東にはハイカーに人気の十二ヶ岳が美しい三角の山容を見せている。その十二ヶ岳から鬼ヶ岳を見ると、すぐ隣り合う雪頭ヶ岳とともに2本の“角”のように見える。これを鬼のようだと見立てて、そんな山名が付いたとも考えられそうだ。

面白いのは、地元のハイカーから聞いた、鬼ヶ岳の北側に聳える節刀ヶ岳に対し、鬼ヶ岳を南の節刀ヶ岳と呼んだことがあったという話。つまり、鬼ヶ岳・雪頭ヶ岳・節刀ヶ岳は「節刀ヶ岳」という同一の山の北峰・南峰という関係だったのかもしれない、ということ。確かに「節刀ヶ岳」と「雪頭ヶ岳」は同じ読み方をするから、何らかの関係があったように感じる。ちょっとややこしいが、地図を眺めながら「なんかありそうだな」と引っ掛かりを感じていたぼくにとっては、鬼ヶ岳・雪頭ヶ岳・節刀ヶ岳の関連を推察するヒントになった話だった。

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鬼の“角”に乗らせてもらい、一段高いところから富嶽を眺めると、その雪頭ヶ岳に隠れるように西湖が見えた。ということは、雪頭ヶ岳の南面に行けば、眼前を遮るものがない壮大な眺めが期待できるということ。それがこのコース最高のご褒美スポット、通称「お花畑」と言われる展望地だ。

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強い西日を受けて、これまで歩いてきた西側の山々が霞んでいる。360度の離れがたい絶景を存分に味わって、今日イチのご褒美を受け取りに雪頭ヶ岳へと向かうことにした。

ここが最高の富士見スポット、雪頭ヶ岳のお花畑

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鉄梯子や固定されたロープが交じる岩道を慎重に下り、また岩場を登り返す。すると、雪頭ヶ岳のピークを越えたその先で、一気に展望が広がる。そこが「お花畑」だ。ハイカーにはお馴染みの『山と高原地図』に、お花畑(絶景地)とわざわざ書いてある。

とてつもなく大きい裾野を、これでもかと美しく広げる富士山が、ただただ眼前にある。その山麓を青木ヶ原が覆い尽くし、富嶽の北西に位置する大室山が霞む樹海に浮かんでいた。折しも時間が進み、西へと傾いていく陽光が山並みに影を作っていて、これまた美しい。この壮大な眺めを背中に背負って登るのではなく、鬼ヶ岳の方から扉を開くかのように風景の中に飛び込みたかった。このコースを「時計回り」に歩いてきた理由である。

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西日を受ける幻想的な雰囲気の中で目を引くのは西湖の存在だろう。青々とした水を湛える小さな湖が山々に囲まれる様子がよくわかり、お隣の河口湖に比べれば人工物が極端に少ない。今朝までテントを張っていた湖畔の様子もよく見える。

落日前の太陽が、光と影で山々を立体的にあぶり出す。ジリジリと、少しずつ斜陽が伸びていく。もうここではため息しか出てこない。いつまででも眺めていられそうだったが、そろそろ下山をしなければならない。ここからはひたすら下りる。ブナの原生林を抜け、東入川堰堤広場まで来れば、根場いやしの里はすぐそこだ。

道中、あまりの気持ちよさと眺めのよさに、かなりゆっくり時間を過ごしてしまった。気がつけば9時間も山中にいたようだ。山旅に必ず持つヘッドランプは使わなかったものの、スタート地点に戻ってきたころには空も雲も真っ赤に染まりつつあった。暮れなずむ富嶽が、恥ずかしそうに山肌を赤らめている。今日はずっと一緒にいたから、別れを惜しんでくれているのかもしれない。ありがとう、また会いに来るよと、ぼくは富嶽に感謝を伝えた。

著者プロフィール

大内征(おおうち・せい) 低山トラベラー/山旅文筆家

土地の歴史や物語を辿って各地の低山を歩き、自然の営み・人の営みに触れながら日本のローカルの面白さを探究。その魅力とともに、ピークハントだけではない“知的好奇心をくすぐる山旅”の楽しみについて、文筆と写真と小話とで伝えている。

NHKラジオ深夜便「旅の達人~低い山を目指せ!」レギュラー出演中。著書に『低山トラベル』、『とっておき!低山トラベル』(ともに二見書房)、新刊に『低山手帖』(日東書院本社)など。NPO法人日本トレッキング協会理事。

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