プロトレイルランナー 小川壮太さん
プロトレイルランナー 小川壮太さん

【自分の限界をマネージするのも山の醍醐味】
登山のパフォーマンスを上げる心拍コントロール

プロトレイルランナー/登山ガイド 小川壮太さん

山岳レースのアスリートと、登山ツアーのガイド。
山を舞台に活躍するプロフェッショナルである彼らは、より良いパフォーマンスを発揮するために、登山客のトラブルを防ぐために、どのような対策をしているのでしょうか。
現役のトレイルランナーであり、登山ガイドとしても活動する小川壮太さんに、フィールドで実践している心拍コントロールについて、アドバイスをいただきました。

INDEX

アスリートとして行う心拍管理

──小川さんはアスリートとしてトレイルランニングなどのレースに出場されていらっしゃいますが、日頃のトレーニングで意識されていることはありますか?

小川さん:私は、専門のランニングやスキーの練習をする時だけでなく、スポーツをする時には心拍数をチェックするように心がけています。運動の負荷が増すと心拍数も上昇していきます。心拍数を測ってその時の運動強度を数値化することで、「このくらいのきつさだとどのくらい行動できるか」など、目的に合った負荷になっているかどうかを把握することができます。自転車や水泳など、いろいろなスポーツを練習に取り入れる際にも、負荷を心拍数値で可視化しコントロールすることで、トレーニングの質が向上します。

──心拍数の可視化は、レース本番でも実施されていますか?

小川さん:そうですね。レースでライバルと接戦になった時には、気分も高揚してオーバーペースになりがちです。私が参加している山岳レースの中には160kmを超えるものもありますが、序盤に無理をしてしまうと後半のレース展開に大きく影響してしまいます。計画通りにペースをコントロールし、パフォーマンスを最大限に高めるためには、心拍を計測して運動強度を管理することがとても大切だと思います。

登山者におすすめしたい心拍数の活用法

──心拍計測はアスリートの方でなくても効果はありますか?

小川さん:もちろんです。心拍数の可視化は私自身の競技生活に活かしているだけでなく、ガイドとして山を案内する際、同行する皆さんにも勧めています。心拍計測機能付きのウォッチを利用して、簡単かつ定期的に心拍数を計測しながら、登山のペース管理をしていただいています。

登山者におすすめしたい心拍数の活用法

──あまり難易度の高くない一般的な山でも、ペース管理は必要ですか?

小川さん:必要と考えています。山には当然ながらアップダウンがありますので、ランニングのように1kmあたりの進行ペースを参考にすることはできません。また、重い荷物を背負ったり、不整地を歩いたり、トレッキングポールや足首を固定する登山靴などの道具を扱かったりと、日常生活にはない負荷がかかるのが登山です。登り始めは気持ちも高揚しているので、その負荷の大きさに気づかない方も少なくありません。装備を身につけ、ザックを背負った状態で心拍を計測してもらう中で、「登山時の負荷がいかに大きいか」や「無理をしないことの大切さ」を自覚していただくようにしています。

──確かに、あまり身体への負荷を意識せずに歩いてしまうことはありますね。

小川さん:「まだ登っていないのに」と、登山前の心拍数の高さに驚かれる方は多いです。変わりやすい山の気候や気温・高い標高・長時間の運動などの非日常的な環境下では、身体には体感よりも大きな負荷がかかっている可能性があります。そのような時に、実際の負荷を予測する手立てとしても、心拍数の計測は役立つのです。心拍数値を把握することは、安全で快適な登山を続けるために、非常に有効な手段です。

登山者におすすめしたい心拍数の活用法

──心拍数から自分の身体の状態を理解することが大切なんですね。

小川さん:そうなんです。朝起きた時や安静時よりも、散歩などの運動をしている時の方が数値が高くなることは、簡単に想像がつくと思います。しかし、運動時の心拍数は常に変化します。同じ歩行スピードでも長時間歩いていると心拍数は上がりますし、疲労度やその日のコンディションによっても変わります。これらの変化を予測することは容易ではありません。そんな時、運動中の数値を定期的にチェックし、心拍数を一定のレベルにキープすることができれば、オーバーペースによる体調不良や筋疲労のリスクを減らすことができるのです。

──普段の生活の中でも心拍数は測っておいた方が良いのでしょうか?

小川さん:心拍数は安静時の数値を把握するだけでは活かしきれません。運動の際にどのくらいまで上がるのかを知っておく必要があります。山に行く前の身体づくりをかねて、散歩の時、アップダウンのある坂道を歩いた時、階段の上り下りをした時などの心拍数をチェックしてみてください。

登山者におすすめしたい心拍数の活用法

──具体的には、どのようにチェックしたらいいのでしょうか?

小川さん:まず、15秒間の心拍数を測ります。次に、その数値を4倍することで、1分間の心拍数を計算しておくと便利です。一般的な最大心拍数は、「220拍‐年齢」で簡易的に計算できます。これを元に、「最大心拍数の80%を超えないようにペース配分をしよう」、「70%の負荷でトレーニングをしておこう」、「60%なら2時間は動けるけど休憩は90分に1回は必ず入れていこう」など、事前準備や山行の組み立てに活用してください。また、トレーニングの積み重ねで体力が向上すれば、運動強度が上がっても心拍数の急激な上昇は抑えられるようになるので、安定した登山ペース作りが可能になります。

登山中のオーバーワーク

──一般の登山者にとって、心拍計測が大切だと実感されるのはどのような時でしょうか?

小川さん:山でのお仕事をしていると、オーバーワークに陥り、停滞を余儀なくされている方を目にすることがあります。すれ違いの際や後ろから追いついた時にお声がけさせてもらうのですが、余裕がない方は覇気がなく、歩く姿勢も崩れがちで人が近づいていることにも気がつかない状態になっています。あまり大きな負荷がかかると、通常は心拍数がかなり上がるのですが、違った反応が出ることもあります。全身の倦怠感がはっきりとあらわれてくると、運動量がグッと下がってくるため、心拍数値は下がります。

──そういった症状が見られた時は、どのように対処すれば良いのでしょうか?

小川さん:まずはザックを下ろし、ジャケットを1枚羽織って長めの休憩をとりましょう。しっかりと水分補給し、凝り固まった筋肉を緩めるなど、一度リセットしてからリスタートするのが良いと思います。注意力が散漫になると道迷いなどのトラブルを招きますし、体力が低下すれば転倒や滑落のリスクも上がります。また、野生動物と遭遇した時や落石があった時などに、咄嗟の対応ができないといった状況も考えられます。自身の体調管理のためだけでなく、フィールドで正しい状況判断をするために、ぜひ心拍数のコントロールを身につけましょう。

登山中のオーバーワーク

自分の体力レベルに合った山行計画を立てる

──登山中の心拍計測の大切さはよく分かりました。登山前の準備において、心がけることはありますか?

小川さん:登山計画を立てる時、多くの方は標準コースタイムを参考にすると思います。しかしコースタイムは、あくまでも目安であって競争相手ではありません。誰にでもあてはまるものではないということを自覚しておきましょう。その日の体調や季節・気温、天候、携行品の量によって、適切なペースは変わってきます。コースタイムにとらわれ過ぎて、無茶な山行になってしまわないように注意が必要です。

──では、標準コースタイムはあまり意識しない方が良いのでしょうか?

小川さん:いえ、全く参考にしないのではなく、自分がコースタイムに対してどのくらいの時間で歩けるのかを、近くの里山やホームマウンテンで確認しておくことが大切です。その時、いきなり最大心拍数の80%を超えるような運動強度でアタックするのはリスクがありますので、目安としては、景色を楽しめるくらいの余裕を持って、同行者がいればおしゃべりができる程度のペースで歩くと良いでしょう。例えば50歳の方であれば、最大心拍数170拍/分の80%、136拍くらいを上限として、慣れている山を歩いてみます。余裕をもってコースタイムがクリアできれば、初めて登る山でもコースタイムをベースに計画を立てて良いと思います。

──コースタイムよりも時間がかかってしまうケースもあると思います。

小川さん:そうですね。人によっては、一定の心拍をキープしたらコースタイムの1.5倍くらいかかってしまった、ということもあるでしょう。そんな時には、初見の山に登る際にはコースタイムの1.5倍で計画します。そうすると、自分のペースでは日没までかかってしまうことなどに事前に気づくことができます。その場合は、途中にある山小屋を予約したり、防寒具や行動食を増やしたり、ヘッドランプのバッテリーを追加したりと、あらかじめ対策を立て、より自分の体力レベルにあった山行へとアレンジしていきましょう。また、リスクを考えて、挑む山の難易度を下げるという判断も必要です。

──標準コースタイムと自分のコースタイムの差を知っておけば、安心して山行準備ができるということですね。

小川さん:はい。遅れた分を無理なペースで歩いて取り戻すような山行は、リスクを伴います。自分の体力レベルにあった山を選び、余裕をもった山行計画を立てることは、長く登山を楽しむためにとても大事なことです。心拍数の管理など、常に自身を客観視できる手立てをもっておくことは、危険をいち早く察知し回避するために必要不可欠です。

──最後に、登山者の皆さんにメッセージをお願いします。

小川さん:できる範囲で、最大限にチャレンジし続けられることも山の醍醐味だと思います。しかし、限界に挑戦するときも無茶は禁物です。もし、少し背伸びをしてでも挑戦したいコースがあるならば、それに向けたトレーニングをきちんと行い、体力をつけておきましょう。そして、効率の良いトレーニングをするために、ぜひ心拍計測を取り入れてみてください。自分の身体の声に耳を傾け、体調の変化を感じ取りながら安全な登山をしていきましょう。

──小川さん、ありがとうございました。

小川壮太(おがわそうた)

プロフィール

小川壮太(おがわそうた)

1977年8月14日生まれ。山梨県甲州市出身。チームサロモン所属。
岡山国体の山岳競技代表を機にトレイルランニングの世界へ。2011年、フランスで開催されたニヴォレ・リヴァード(50km)準優勝。2014年日本山岳耐久レース(通称ハセツネ)5位。小学校の教師から2015年にプロ転向。転向後の初戦となった王滝村「トップオブザトレイルランナー50k in JAPAN」では優勝を果たした。
陸上競技、スキー競技、山岳競技において国体で活躍した経歴をもつ。
スカイランニング世界選手権および山岳スキー世界選手権の現役日本代表。
日本では数少ない稀有なプロトレイルランナー。

アウトドアフィールドと都市を行き来する
ライフスタイルの頼もしい相棒。

※YAMAPコラボモデルはYAMAP STOREのみで取り扱い

「心拍計測機能」搭載 PRO TREK Smart WSD-F21HR