HIKER'S TRIP

山旅への誘い

陽だまりの大山“絶景”詣りと、
山頂で淹れる“神泉”コーヒーの温もりと

登り納め・登り始めは“神の山”で

しんと冷える初冬の山は、実はハイカーに大きな喜びをもたらしてくれる。澄んだ空気が絶景を約束してくれるから、写真好きには絶好の撮影シーズンだと言えるし、冷えた身体が温泉で蘇る瞬間は、これまた格別なひとときでもあるのだ。加えて、夏に比べると多種多様なアウトドアギア(登山用の装備や道具類)が活躍してくれて、ことさら山遊びが楽しくなる。例えばムービーカメラなどのデジタルガジェットで感動の絶景を記録するのもいいし、シンプルにバーナーとクッカーで温かい食事や飲み物をつくるだけでも、山上での過ごし方はワンランク上がるだろう。

師走になって、令和元年の登り納めをどの山にしようかと考えていたときに、山仲間のひとりが「温かいものを飲んだり食べたりできて、のんびり過ごせる近所の山がいいなあ」と言った。しかも荷物はできるだけ少なくして、陽だまりの落ち葉の上を軽やかに歩きたいのだとも。本格的な積雪と凍結を前にしたこの季節、首都圏近郊の山々はようやく落葉し、木々の上には真っ青な冬空が広がりはじめている。同じ空を街中から眺めながら、この空をどの山で眺めて過ごそうかと思案した。

すぐに思い浮かんだのは、一年の締めくくりにも、年の始まりにも相応しい“神の山”のことだった。令和元年の内省的な振り返りも、2020年の野心的な誓いもどーんと受け入れてくれる懐が大きな信仰の山――そう、伊勢原市の大山(おおやま)のことだ。山腹の大山阿夫利神社下社にお詣りをして、登拝口からおよそ90分ほどの道のりで山頂本社を目指すコースは、よく整備されていてとても歩きやすい。やや急登が続くものの、それだけに空気が澄んだこの季節は相模湾も富士山も見晴らし抜群で、上級者も週末のリフレッシュに足を運ぶほど。登るたびに新しい感動がある、ぼくの大好きな山でもある。

思いを巡らせた結果、今回は「絶景と温もり」をテーマに、冬らしい大山を切り取るフォトトレッキングをすることと、現地調達する“神の水”でコーヒーを淹れてのんびり山頂時間を過ごすことにした。下山は日向薬師にコースをとり、そのまま温泉を愉しむ。「それいいね!」と乗ってきた山仲間と夜な夜な連絡を取り合う時間がまた楽しい。晴れ予報の週末に向けて高まる気分とともに、今日も夜が更けていく。

冬の木漏れ日が印象的!フォトトレッキングで絶景の大山を切り取る

小田急電鉄・伊勢原駅からバスとケーブルカーを乗り継いで、やってきたのは大山阿夫利神社の下社。登り納めだから、今日は黙々歩いて一年の振り返りをするのだと意気込んでいた山仲間が、すでにお詣りを済ませていて、いただいた御朱印を眺めながら境内の一角に腰掛けている。階段を登ってきたぼくの姿を認めると「今日はここからでも江ノ島がハッキリ見えるから、山頂はもっとすごい眺めだろうね!」と大きな瞳を見開いた。

荘厳な社の前で、ぼくはこの一年のことを報告し、今年もいろいろあったよなーと感謝を思い、拝した。合わせた手をほどいて振り返ると、鳥居から拝殿に続く石畳を太陽が照らしている。一部の遮る木々の影が、眩し過ぎる陽光をほどよく中和している様子は、まるで「1/fのゆらぎ」のよう。境内でこの光景を眺めるだけでもご利益がある気分になる。山の絶景は、なにも遠望する風景に限ったことではない。目を奪われる瞬間、心を揺さぶられる光景は、意外と身近にあるものだ。

大山阿夫利神社の主祭神である大山祇大神は、日本中の山々を護る山神だ。各地の山を旅することを生業にするぼくにとって、日本のあちこちで出会う馴染みの神さまであり、よりよい山旅と無事の下山を祈りたくなる尊い神さまでもある。大雷神、高龗神といった水に関わる神々も一緒に祀られており、古くから雨を求める祈りの場として発展してきた。だから実は大山は水がよく、山麓は湧き水や温泉に恵まれている。下社の拝殿の下には「神泉 ご霊泉です 大山名水 飲用出来ます」として水をいただける場所がある。用意してきた水筒に水を汲んでから、ぼくらは山頂に向かった。

冬らしい明るい山道から狙う富士の絶佳

大山の登山道は、樹林帯を縫う石段にはじまり、しばらくは急登となる。ここでしっかり自分のペースを作りながら登り上げていこう。葉が落ちた木々の隙間から東京方面、相模湾に浮かぶ江ノ島が見える。落葉の進んだ冬ならではの光景だ。

登り始めから内省に励む山仲間は、時おり空を見上げて立ち止まっている。葉のない木々のおかげで、すぐ頭上には澄んだ青空と白い雲があり、そこから陽射しがこぼれ落ちてくるため、山道がとても明るい。陽だまりの落葉道に差し掛かると、すっと目を閉じて深呼吸したり、フカフカの落ち葉と戯れたり。かと思えば、霜の上をサクサクと歩いたり。季節の移ろいと自然の営みに五感を刺激される、大山の登山道の楽しいことよ。
高度を上げてくると射し込む陽光はそれほど暑くもなく、外気の冷たさと相まって、初冬は登山のベストシーズンだと感じさせてくれる心地よさ。登山日和だね、と、ここでようやく言葉を交わした。

やがて富士見台に到達すると、ようやく美富士の出迎えを受ける。富士山を正面に、その前には表丹沢の山々が立ちはだかり、箱根、愛鷹、天城といった山岳展望へと稜線が果て無く続いていくのが手に取るようにわかる。ケーブルカーを利用した登山でこれだけの絶景を楽しめるのだから、大山という山が数多のハイカーを惹きつける理由がよくわかる。小田原から熱海方面にかけた伊豆の海岸線だって眺められるし、神奈川の主要な名所は、ほとんどこの大山から目が届くということになるだろう。視界は良好、このまま山頂まであと少しの頑張りだ。

山頂“お中道”からの絶佳は第一級!

ところで、大山の山頂には、お中道という脇道がある。山と高原地図を見ると「展望よい お中道 一周約10分」とあり、27丁目の鳥居の左からぐるりとトイレの方まで抜けられる道がついているのだ。ここからの富士山、そして塔ノ岳、丹沢山の展望は最大級の見晴らしと言っていいだろう。表丹沢の主脈に建つ山小屋もはっきり見て取れるのだから最高ではないか。

ぐるりと周って山頂に至れば、遮るもののない相模湾、関東平野の南の領域を我が物にできる。神奈川随一の絶佳といって差し支えないこの展望に、内省に集中していたはずの山仲間も心を奪われて感動しているようだった。「なんか、こんな絶景を見てしまったら、内省なんてどうでもいいやって思えるよね」と、クスリと笑う。

“神の水”でブレイクタイム

大山阿夫利神社下社で汲んだ「大山名水」を、本社のある山頂に持ってきて、これを沸かしてコーヒーを飲む。「温もり」をテーマに登ってきた今回の、ささやかな楽しみのはじまりだ。

ぼくが冬場の低山に持っていく道具は、だいたいこんなところだろうか。保温ボトル、小型のバーナー、鍋代わりに使うメスティンという飯盒、そしてお気に入りのマグカップ。竹細工の和菓子ナイフはマドラーにもなって大活躍だし、折り畳みの座布団はあると便利。

大した道具ではないけれど、自分のお気に入りの山道具は、自ずと登山そのものの楽しみを広げてくれるし、気分を高めてくれもする。山仲間とおやつを分け合って、啜るコーヒーの美味いことよ。ザックに詰めてきたダウンジャケットを羽織って、しばしのブレイクタイムを愉しんだ。

正午を回り、陽が傾き始める大山。周囲のハイカーたちが続々と下山を始める中、名残惜しい気分になりながら、黄昏る神奈川を目に焼き付ける。ここからは、見晴台を経て日向薬師方面に下山する。今回のテーマ「絶景と温もり」を締めくくるために、温泉を目指すのだ。
そういえば、山頂のブレイクタイムで聞きそびれたけれど、山仲間の今年の振り返りというものにちょっと興味がある。仕事のことか、生き方のことか。そういう話題ならなお、湯に浸かりながら語るのがよいだろう。

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⼤内 征
低山トラベラー/山旅文筆家

土地の歴史や物語を辿って各地の低山を歩き、自然の営み・人の営みに触れながら日本のローカルの面白さを探究。その魅力とともに、ピークハントだけではない“知的好奇心をくすぐる山旅”の楽しみについて、文筆と写真と小話とで伝えている。

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